美しい菊炭の上に鎮座する鉄鍋は牛脂でてらてらと光っています。青磁の皿に美しく盛られた松阪肉を仲居さんが菜箸で取り上げ、鉄鍋に広げるとジゥウウとおいしそうな音と香りが立ち上ります。
「ジュワァッ!」という派手派手しい音ではありません。旨味を蓄えるために、肉がジリジリとじっとガマンしているような渋い焼き音――。菊炭の火力でいい塩梅に焼けるよう、少し厚めに切り出された松阪肉のサシがとろけ、赤身が焼ける芳香は、こちらの身までとろかします。
その肉の上に、箸で上白糖を雪のように降らせ、たまり醤油を垂らし、肉の両脇に昆布だしをちょんとさす。音に聞こえし、松阪の和田金本店のすき焼きは、こんなふうに始まります。
創業はなんと19世紀。いまから140年以上前の1878年のことです。東京の料亭「和田平」などで料理の修業を積んだ初代店主の松田金兵衛が松阪に帰郷し、牛肉店を開業し、その5年後にはすき焼きの店を開店させたと言います。
昭和39年に和田金牧場を開設しました。『良い肉で貫け』が初代からの家訓。そうした姿勢は、冒頭に書いた仲居さんの振る舞いにも宿っています。鍋の加熱を見極め、最適なタイミングで肉を焼き、いい味つけをして客が溶いた卵が入ったとんすいへ。一番おいしいタイミングを見極めてくれるのです。
客としても、またぜひありつきたい、なんとも素晴らしい体験ですが、地元出身の方に聞いても「和田金」と言えば、たまのお祝いの席などでやっと巡り会える大のごちそうなのだとか。
もちろん、お取り寄せでも同じです。正直に申し上げて、今日ご紹介しているお肉は和田金の通販のなかでも、ちょっとお高いお肉です。
でも、誰かの特別なお祝いのときに「今日はあの和田金さんの肉を取り寄せたんですよ」「それも本当はお座敷のお客さんのためだけのいいところを」という口上が、相手の喜びになるのならそれもお値段のうち。本物の肉、真実の口上だからこそ、価値と期待と喜びは高まるのです。
そして、もしこの肉を取り寄せて、自ら大切な人に振る舞うなら、たまり醤油を用意し、昆布だしをひいておきたいところです。和田金の仲居さんのように箸で上白糖をすくって肉の上に雪を降らせたりすれば、きっと相手は大喜び。もちろん要練習ですが、YouTubeで「和田金」「すき焼」などのキーワードを組み合わせれば、資料となる動画はたくさん出てきます。
実際に焼くときにうまくできなくても構いません。もてなしとは、相手のためにどれだけの準備をしたかで決まり、そのために費やしたものは必ず相手にも届きます。
松阪のような肉どころや近畿地方では、年末にちょっと贅沢な、いいすき焼き用の牛肉をお歳暮に贈る習慣があります。幸せな習慣は広まるほどに、喜びの輪が広がります。たまには「和田金のお座敷のお客様のためだけの肉」を取り寄せ、(行ったことのあるなしに関わらず)仲居さんのサービスを再現するのも心づくし。そういうおもてなしの形もあるのです。
更新日:2021年11月12日
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